2011年1月4日火曜日

急性痛管理の意義

 今年は医学部の学生に急性痛管理について講義をします.急性痛管理とは,手術中や術後の痛みをとることをいいます.医学生とは言え,麻酔のことはこれから勉強するわけですから,全くの素人を相手に話しをするも同然です.自分の常識が相手にとっては非常識ということもあるわけです.何を話すべきか把握するために,急性痛管理の意義について聞き取り調査をしてみました.相手は1,2年目の研修医,3年目の麻酔専修医およびと手術室看護師です.「なぜ,手術中に痛みをとらないといけないと思う?」と聞いてみました.

研修医Aさん:「かわいそうだから.」
研修医Bさん:「つらいから」
麻酔専修医Dさん:「手術中の血圧や脈拍があがっちゃうからでしょ?」
看護師Cさん:「全身麻酔って,無痛でしょ.」
 全くもって,麻酔科医が行っている努力はまわりの人達に理解されていないことがわかりました.なんと,手術室で勤務する看護師Cさんは麻酔科医が手術中に痛みをとる処置をしていることさえを知りませんでした.
 
 全身麻酔とは,手術をうける患者に無意識,無痛,筋弛緩,有害反射の抑制という4つの状態を作り出す行為です.昔はひとつの麻酔薬で全身麻酔の4つの状態を作り出せると考えられてきましたが,今は否定されています.現在の全身麻酔は,4つの状態をそれぞれの作用がある薬で作り出す「バランス麻酔」の概念で行われています.麻酔科医は必ず手術中に痛みとを取る処置(鎮痛)を必ず行っているわけです.
 実は,「手術中に痛みをとる.」という表現には語弊があります.全身麻酔中は意識がないのだから,患者は痛みを自覚しません.つまり,手術中に痛みは存在しないのです.患者に意識があれば,痛みとして自覚する有害な刺激=侵害刺激を「手術中の痛み」と表現しています.全身麻酔で意識がなくなると,患者は痛みからは開放されます.しかし,侵害刺激は神経を介して脳に伝達され,患者の身体は様々な有害な反応を起こします.この侵害刺激が脳に伝達されないようにすることを,「手術中に痛みをとる」と表現するのです.

 手術中および手術後の痛みをとることで,患者の血圧や脈拍が落ち着き,手術が安全に遂行できます.さらに,術後の合併症を防ぎ,早期回復を促します.しかし,手術中や術後の痛みを取ることの意義はそれだけではなかったのです.2008年以降,全身麻酔ひとつで手術後の患者の予後が違ってくることが言われ始めました.癌の手術では,全身麻酔の鎮痛法が癌の再発や転移に大きな影響を及ぼすことが報告されたからです.
 
 米国では全身麻酔とは別に急性痛管理に対して,全身麻酔と同等の料金を患者は支払わなければなりません.日本では,急性痛管理に対して非常に安い料金しか設定されていません.急性痛管理を安価なオプションサービスとしてではなく,ちゃんとした医療行為として,もっと格上げして欲しいものです.

2 件のコメント:

  1. まじめな記事には敷居が高いのでコメント控えていましたが、今度先生の記事をロピオンレセプト再請求の言い訳欄に使わせてもらおうともくろんでます。

    返信削除
  2. yukkisさんへ
    神戸は手術でのロピオン使用が査定されたということでしたね.なぜ使ってはいけないのか,逆に意見書を相手にかかるべきです.よほど,無能は医師が保険の査定をしているでしょうね.

    返信削除