2011年2月24日木曜日

ケタミンによる喉頭痙攣(2)

 僕はプロポフォールとケタミンによるdeep sedationにおいて,ケタミンによる喉頭痙攣を調べてきました.その発生頻度,Friedbergが言う対処法,対処法による予後について,ずっとデータを収集していました.その内容を,かつて宝塚女優のような名を持っていたR先生が老年麻酔学会で発表をしてくれました.会場から喉頭痙攣が起きるようなケタミンを何故使うのかという質問が出て,彼女は返事に困ってしまったそうです.「ケタミンを何故使うのか?」,実におもしろい質問です.何故なら,今の麻酔科医教育を受けた若手には,その質問が真っ当な質問にしか聞こえないからです.ある意味,この質問は若い麻酔科医にとって呪縛なのです.

 Status of ketamine in Anesthesiologyという本の中で,J.W.DundeeがThe Taming of Ketamineと題して,ケタミンの使い方を解説しています.tameとは飼い慣らすという意味です.教科書に解説されているままのケタミンは例えるならじゃじゃ馬.そのじゃじゃ馬を乗りこなすための術を彼は解説しています.それまでの僕は危機管理学としての麻酔科学をたたき込まれ,扱いにくい麻酔薬など使わないのが常識だと思っていました.「扱いにくい麻酔薬を使いこなせ.」などと教えてくれる人などいませんでしたので,この本の一章を知ったときはとても衝撃的でした.
 ケタミンはbattle field anesthesia,つまり戦場や災害時の麻酔薬として重要です.2005年8月に発生したパキスタン大地震では,ひとつの病院に地震発生から72時間の間に1500人もの患者が送られてきて,149人もの患者がケタミンで手術を受けました.そのときの麻酔記録を検討した論文があります(Anaesth Intensive Care 2006;34:489-494).モニターは数に限りがあり,麻酔科医は五感を駆使し,ケタミンによる自発呼吸を温存した麻酔を行っています.しかも,麻酔科医がケタミンによる喉頭痙攣を念頭にいれて麻酔をしていることが分かります.我々も,いつ起きてもおかしくない大災害においてケタミンを使いこなす術を身につけておく必要があると思います.それがプロフェッショナルであると考えます.これが彼女に質問した先生への僕なりの返答です.

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