2012年2月2日木曜日

タイヤチェーン装着とテレビインタビュー

昨夜から名古屋も雪が降りました.僕の自宅のある藤が丘は朝7時過ぎには道路に積雪はなく,車に積もっている程度で大丈夫だろうと自動車通勤にしました.子供達の小学校も大学病院に行く途中にあるので,一緒に連れて行くことにしました.この程度なら,名古屋市内なら車の熱で雪が溶けているだろうと思い,ノーマルタイヤのままでした.

途中までが良かったのですが,次第に交通渋滞になった上に,吹雪いてきました.そして,あっという間に道路にも雪が積もり始めました.いつもなら15分で通り過ぎているところを1時間経過しても,通過しませんでした.子供達の朝礼開始時刻8時20分をすぎて,ようやく覚王山にある学校に近くまできました.いつもなら,すでに手術室で患者さんを迎えている時間帯です.

子供達の学校がある覚王山は坂になっており,学校にいくには上り坂を進んでいかなければなりません.その上り坂にさしかかると,たくさんの車が追い越し車線に車線変更をし,左側にはハザードランプをつけた車がたくさん止まっていました.そして警察官の姿も.事故でも起きたのかなと思いつつ,上り坂にさしかかりました.その途端,タイヤが空回りをし始めました.「ここはアイスバーンなんだ!」と思ったときにはすでに遅く,蟻地獄にはまった蟻状態.逃げようにも,そのアイスバーンから脱することはできませんでした.ハンドルを切っても,車の方向すら変更できません.子供達が,「車おりて押そうか?」と言ってくれましたが,危険なので車にのっているように言いました.5分以上立ち往生したでしょうか,誰も助けてはくれません.警察官も寄ってきてもくれません.「薄情者め,税金泥棒!!」,そう心に思いつつ,自棄になって,ハンドルを右に左に急転換をくりかえしたら,あら不思議?それまで蟻地獄から脱することができなかった車が進み始めました.僕は急いで,道路の左端に車をつけ,子供達に少し距離があるけど,歩いて学校に行くよう言い,自分はタイヤチェーンを装着することにしました.

ことも達が無事に,歩道に入ったことを確認して,僕はトランクにあるタイヤチェーンと軍手をはめました.このタイヤチェーンはワンタッチで装着できると言われて買ったのに,まったくワンタッチじゃないホンダの純正タイヤチェーン.車輪の内側でタイヤチェーンを結合させて,そのうえで少しだけ車を前進させ,最後に外側でタイヤチェーンを結合させるという,どこがワンタッチなのか全然わからない,とても面倒くさいタイヤチェーンなのです.時間的余裕が亡くなった僕は,正常な判断を失い,この坂さえ越えてしまえば大丈夫だと考え,タイヤチェーンの外側だけ結合させて固定,坂を上り始めました.

「これならいける,ゆっくり進めば上れるぞ.」と思った矢先,ガガガガという何か引っかかる音が・・・
後ろを見ると,アイスバーンと化した道路の真ん中に僕が装着したタイヤチェーンが落ちていました.
「しっかりと装着しないと大学病院に行けない!!」そう反省しました.道路の左端に再度,車を寄せて,道路の真ん中に落ちたタイヤチェーンを取りに行き,再び,タイヤチェーンを装着しようとしました.しかし,ゴム製のタイヤチェーンは寒さで堅くなり,両端を車輪の内側で結合させるのに大変でした.袖もタイヤ周囲の汚れが付着し,真っ黒になりながら,30分以上かけて,ようやくタイヤチェーンを装着.ぐったり疲れながら,立ち上がると,目の前には何故か,CBCテレビの取材クルー.
まさか,僕の無様な姿をずっと収録していたのかと思いつつ,目が合うと,「取材いいですか?」と.
どうせ仕事は遅刻だから,取材を受けてしまえということで,インタビューに応じました.ということで,東海地方では今日の午後か夕方のニュースで僕の惨めな姿が映るのではないかと思います.

2012年1月23日月曜日

F先生の近況

昭和大学横浜市北部病院からきたF先生がきて,3週間.1月第1週は3日しかありませんでしたので,実質2週間程度.その間に行ったブロック数は61.F先生のブロック経験数は限りなくゼロに近かったので,ブロック症例数を増やすことより末梢神経ブロックを取り入れた開腹術,開胸術,整形外科手術がどんなものであるかを理解してもらうことを中心に,ゆっくりしたペースで研修を始めました.それでも実質2週間で61ですから,それなりのペースにはなっています.本日のブロック数は7つですので,すでにハイペースの状態になりつつあります.手術麻酔のブロックはそれなりにこなしていますが,ペインクリニックでブロックが適応となる患者さんがたくさんはいません.現状では,SGBや頸椎椎間関節ブロックを経験してもらっています.

本日,持続傍脊椎ブロックをしているF先生.どうやら横浜市北部病院の
関係者のみなさんが僕のブログを読んでいるということがわかりました.
F先生の近況を書かないと,不満が募ってはいけませんので,本日はF先生
特集としました.
超音波ガイド神経ブロックの技術はというと・・・驚くスピードで上達しています.当初,観察された針先を途中で見失うことも,ほとんどありません.まだ,針の刺入と同時にプローブが動いてしまうことがあり,そのようなときは手技に時間がかかってしまうこともあります.自分がこれだ!と思う勝負画像の中に針を描出させてく技術の重要性を認識している毎日です.プローブが大きく動かなくなり,勝負画像上に針が出るようになると,「僕ならここに針先をもってくるな」という刺入経路の会話ができるようになるのですが,まだ,そうした会話は多くありません.2ヶ月目に入って,どこまで上達していくか,さらに楽しみです.

2012年1月19日木曜日

NASAテクニカルライティングの改訂増補版

以前,ここで紹介した岡山大学非常勤講師の片岡英樹先生の「NASAに学ぶ 英語論文・レポートの書き方 -NASA SP-7084テクニカルライティング」が改訂増補版がでるそうで,予約販売が始まったようです.片岡先生からメールがあり,pnbsivaイチ押しのテキストですので,ここで紹介させていただきます.


http://www.amazon.co.jp/NASA%E3%81%AB%E5%AD%A6%E3%81%B6-%E8%8B%B1%E8%AA%9E%E8%AB%96%E6%96%87%E3%83%BB%E3%83%AC%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%88%E3%81%AE%E6%9B%B8%E3%81%8D%E6%96%B9-%EF%BC%8DNASA-SP-7084%E3%83%86%E3%82%AF%E3%83%8B%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0%EF%BC%8D-%E3%83%A1%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%83%BBK%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%82%AB%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB/dp/4320005880/ref=sr_1_6?ie=UTF8&qid=1326894042&sr=8-6

2012年1月12日木曜日

ハムファントムの重要性を認識

昭和大学のF先生がブロックの研修に来ています.彼女はブロックの経験がほぼゼロという状況でしたので,こちらに来る前も,来た後もハムファントムで描出する練習をしてもらいました.単にハムに穿刺するのではなく,どれくらいのdepth設定で,どのあたりに向けて穿刺した状況をシミュレーションすればよいか,あらかじめ伝えていました.ブロック経験があった先生達より,癖がない分,画像描出能力の上達は早いです.針を刺入する際に,皮膚を動かしてしまうことで,走査面と刺入点のアライメントがずれてしまう問題が当初はありましたが,かなり修正できています.その結果,針がより描出できるようになってきています.あとはプローブの固定がしっかりとすれば,より容易に針を描出できるようになると思います.改めて,ハムファントムで練習しておくことの重要性を感じました.

2012年1月11日水曜日

ノロウィルスに翻弄された一日

昨日,朝6時に突然と自分の携帯がなり,息絶え絶えの声で助けを求める電話がありました.すぐに一人生活をしている自分の母親だと気づきました.どうしたのか尋ねると,どうやらノロウィルス感染にかかったようでした.前日の夜9時頃から下痢と嘔吐の症状が出現し,いつもお世話になっている個人経営の総合病院はバイト当直医がお間抜けだったようで,母親に対して夜間対応もしてくれると病院長がおしゃっていたにも関わらず,夜間受診を拒否したとのこと.すでに全身の力もぬけて,トイレにも行けないということで,かなり全身状態の悪化が予想されました.とりあえず,日頃家にストックした治療薬をもって,車に乗り込みました.名古屋の家から岐阜の実家までは車で1時間以上はかかります.その日はバイト日だったので,休むわけにもいかないし,かといって母親を放ってはおけません.仕事と母親の看病という両方をこなすには,かなり時間的に厳しい状況でした.
岐阜に入る手前で交通渋滞に巻き込まれ,車と車の間を割り込みながら,先を急ぎ,実家にたどり着いたのが朝7時半.すぐに母親の全身状態をみました.かなりの脱水状態で,一通りの処置を行い,漢方薬としてツムラの真武湯をお湯にとかして,チビチビ飲むように伝えて,勤務先の病院に向かいました.途中,T部長に事情を説明し,麻酔の導入に間に合わないかもしれないと伝えたところ,やっておくと優しい返事.T部長にはいつも助けてもらって感謝です(T_T).電話の後は,高速道路をいくら料金がかかろうと,ばんばん走って,名古屋城隣にある勤務先へ急ぎました.麻酔の導入に間に合わないかと思いましたが,患者さんが入室され,モニターを装着しているところに飛び込むことができました.ぎりぎりセーフ!!仕事の合間も,母親の状態が問題ないか,何度も母親の携帯に電話をし,無事を確認しました.夕方5時過ぎに,仕事が終わり,そのまま岐阜の実家に直行し,夜8時過ぎに,母親を再度診察しました.母は,依然として,かなりの脱水状態でした.肌は干し柿状態で,つねると,肌がつねった状態のままで戻らない.訊けば,丸一日尿も出ていないということがわかり,これはいけないと思い,処置をしつづけました.僕の処置が幸いして,夜10時過ぎにようやく尿が出始めました.腸内細菌を整えるためのヤクルト飲料を買い,お粥もつくり,家中の消毒を行って,名古屋に帰りました.僕が帰る直前に,母親をいつも診てくれている主治医から電話があり,昨夜の不適切な対応に対する謝罪の電話でした.その電話には,少し正気が戻った母が出て,僕は応対しませんでした.個人経営の総合病院にお気楽バイトで来ている当直医が,重篤な脱水状態の患者を適切に処置できるとは思えなかったからです.